わたしと月見かえる ~ご挨拶にかえて~



この不思議な店名についてお話ししながら、自己紹介させていただきます。


いつの頃からか、カエルにとても愛着を持つようになりました。あの飛び出た目、目と目の間の広さ、皮膚のプルンとした肌ざわり、グリーンの心地良さ、水辺にいることなど。

また、昔からものを見ることも好きでした。絵やイラストも好きでしたが、それだけでなく、目を通してものを見ることそのこと自体が好きでした。

 
そして月というのは、私にとって物語やロマンを連想させます。学生の頃、人類が月に移住するというSFマンガを描いたこともありました。

そのような、私にとって楽しいことにつながるもの3つを語呂合わせして作ったのが「月見かえる」という名前でした。

そうした対象があると、自分の中にある「したいこと」や「これが好き」がはっきりしてきたり、導いてくれたりするという利点があります。

一方、対象があっても見えてこない「したいこと」や「これが好き」というものも確かにあって、それらは例えるなら、個々の星々が星座として見えてくるように姿を表わすのだと思います。

たとえば私は図書室が好きで、学生の頃の大半の居場所でした。

けれど、本を読むためではなくて空間が好きでそこにいました。

それぞれの人が活動的ながらも、そこにあるのは静けさ。

遠くから聴こえてくるグラウンドの大声や、音楽室からこぼれてくるメロディ。

図書室奥の方のひっそりとした空間にさし込む、午後の低い角度の光。

それぞれの本が持っている空気感が合わさり、まるで何層もの世界が同時にそこにあるような気配。

そんな様々な感覚を楽しませることのできる場所が僕にとっての図書室でした。

以上のどれもが、図書室というところの目的や機能とは違うけれど、それらが重なり合い、つながりあった図書室というものが好きでした。



もうひとつ、かえるにちなんだ話ですが、縄文の神話ではカエルは月にいるといわれます。

夜、三日月よりさらに新月に近い月の、影の部分に目をこらすとカエルの姿が現れるとも言われています。以前、何度か試してみましたが見えてきませんでした。

そのとき思ったのは、月の側の問題ではなく、目の側の問題なのかもしれないなということです。

絵を語るときに、モチーフとバックを「図」と「地」という言葉で表したりします。

その言葉を借りるなら、光っている月という「図」を見ることに慣れてしまうと、それを見ることを可能にしている「地」の部分は「何もないところ」と脳が見たのではないかということ。

そうした月の影の部分にかえるを見出したり、さきほどの図書室で本を読んで楽しむのではなくその空間を楽しんだりすることが「地」を楽しんでいるんだと思います。

そんなふうに、私はどうにかして「地」を見つけ、楽しみたいという想いを強く持っているんです。

「月見かえる」という、最初は好きなもの3つを語呂合わせして作った店名でしたが、そこに偶然にも「地」の部分を楽しむ、という意図が見えてきました。

以前、町全体を通して、そのような「図」を見ながら「地」に気づき、楽しむという体験をしたことがあります。

焼き物の町として有名な益子で行われた「土祭」という地域一体となったアートフェスタに行ったときのことです。

そこでは、焼き物も建物も立体作品も2次元の絵ではないから、キャンバスではなく空間そのものが土台であり、舞台となっていました。ただ空間と言っても美術館のような空間ではなくて、暮らしのある町自体、生活のある家自体が空間。作品という「図」を見ていたら、いつの間にか暮らしという「地」も見ていた、そんな体験でした。

そうしたことから、わたしは今こんなふうに考えます。
カフェという「図」を通して、その土地の暮らしや自然という「地」が見えてきたらいいなと。
その土地その土地の暮らしという「地」が見えてくるような「図」として、カフェというものが作れたら楽しいなと。

月を見てかえるをみつけること、「図」を見て「地」を味わうこと。

どうぞ月見かえるしにお立ち寄りください。

おいしいコーヒーをご用意してお待ちしております。


店主 桜庭昌芳