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個展終了のお礼&ショートストーリー

12月18日から23日まで開催いたしました桜庭昌芳個展『ムーンパイロット』~玉手箱(タイムカプセル)を開けて~ が盛況のうちに終了いたしました。

期間中、足をお運びいただきました皆さま、またお心を寄せて下さいました皆さまにも、この場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございました!

最終日の朝というか未明に目が覚めて、
勢いで書きとったショートストーリーを以下に載せました。
個展が産んだ作品として、どうぞお楽しみいただけたら嬉しいです。
(以下のアーカイブにあるショートストーリーの世界の後日譚でもあります。
あわせて読んで頂けるとより楽しめるかと思います。)

「こんにちは〜」
「こんちは!」
「おじゃましまーす」
「どうも〜」
「しつれいします」

同じ声をしたかえるたちが5人、個展会場へと入ってきた。

「こんにちはー、どうぞお入り下さい。あとすみません、人間マスクのご着用をお願いしているので、恐れ入りますがこちらからお選び頂けますか?」
在廊の作家は『顔の本』というタイトルがついたカタログを手に玄関に現れた。

ひとりのかえるが言った。
「え〜、せっかくもう人間スーツを着なくて生きられる世界になったっていうのに」
またひとりのかえるが言った。
「でもまあ、以前は全身だったけど今回は頭だけだから大分ましになったんじゃない?」
さらにひとりのかえるがカタログを受け取り、眺めながら言った。
「へぇ、フェイスブック…色々な顔があるんですね。さくさん、らばさん、さくらばさん。まさ、まさちゃん、まさよしさん。月見かえる、ミカエルさん」
ついでにもうひとりのかえるが言った。
「人間ってなんでこう、色々な顔やそれに対する名前があるんだろうね。わたしたちはみんな、『かえるさん』のひとつでみんなを指すのにね」

「お言葉を挟むようで申し訳ないのですが、『人間』で私たちすべてを指せますよ。それから、そのブックに出ているのは、実はすべてわたしの名前なんです。わたしを指す名前がいっぱいあって…」

まだ発言していないかえるが言った。
「え?あなたひとりの名前なの?僕らは『かえる』の名前ひとつでみんなを指すのに、反対にあなたさんはこんなに色々な名前でひとりを指すんだなんて、世界の七不思議に加えたいくらいだなぁ」

「まあ長くなってしまいますから、ひとまずはどうぞマスクをお選び頂けませんか?」
作家の言葉にかえるたちはそれぞれ違う人間マスクをオーダーし、渡されたそれを被った。

「あれ、お前が感じてることが分からなくなった。すご〜い、これ被るとあっという間に距離が出来ちゃった」
「なんであなたが考えてることが分からないんだろう?不思議だなぁ」
「これ被っておくとさ、そっちが痛い目にあってもこっちは痛くないね。被る前はきみの痛みは僕の痛み、僕の痛みはきみの痛み、だったけどね」
「人間マスクの目から外を覗き込むと、自分がどこにいるのか分からなくなるね」
かえるたちはそれぞれ色々な感想を言い合った。
最後にまだ発言していないかえるが言った。
「ところで僕たちって一体誰なの?ひとりの人間の名前と顔なんでしょ」
5人のかえるは輪になって考え合った。

「あのぉ、作品はご覧にならないのですか…」
作家は控えめに言った。

ひとりのかえるはマスクを外して言った。
「これを被って作品鑑賞は難しいなぁ。いや、むしろこれを被って世界を体験することこそが『作品鑑賞』になるでしょ」
横のかえるもマスクを外しながら言葉をつないだ。
「僕らは5人全員でひとつの『かえる』であり、その『かえる』の10個の目玉で作品鑑賞することが僕らにとっての‘見ること’なのに、こうして別々な世界に入っちゃってそれぞれの目から覗いてもねぇ」

「でも、あれですよ。それら人間マスクは全部、わたしひとりの顔ですよ。あなた方が『かえる』という類で生きていて個を持たないのと同様に、名前はいっぱいあるけど、それらは『わたし』というひとつの存在の陰でしかないんですよ」

かえるたちはみなしばらく同じ顔をして悩みながら、最後にそろって言った。
「あなたの言う、その『わたし』って、いったい誰ですか?」

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