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マスク煉歌

今日一日
マスクの中に吐き出された
君の湿った疲れた吐息

サージカルマスクの裏面には
固体でも液体でも気体でもない
第4のH₂Oのクラスターがパラサイトし
マスクの繊維を通過する空気の情報を記憶する
その空気に乗った君と社会それぞれの想いを
クラスターの配列が記憶する

第4の水により
マスクの内側にとどまることの出来た
音にならない言葉たち

その言葉たちの中のある子は
必死で文字となりマスクの裏側に姿を現わす
ある子はひいてはよせる波のように
マスクと口を行ったり来たりして
今は君の口中へと戻っている
またある子は
マスクの中で似た音を持つ言葉と出会い
それこそ言葉遊びに興じている

僕はそれらを
読んだり触ったり聴いたりしながら
マスクの言葉たちと戯れる

夕食の食卓の向こうでは
空を飛んできたデジタル情報を
テレビ画面の液晶水に記憶して
それらを僕らに放射する

「本日の感染者数」という情報が
画面からこちらへと飛沫しては
僕の空気繭にパラサイトする
僕は箸でそれらをはがしては
空いた皿に投げ入れる

ふと福祉職の君は何を想うかなと
横を向いて空気繭越しに眺めた
そして綺麗な繭の中にいる君に向かい
「なんで君のには貼り付かないの?」と問いかけた

僕の問いには返事もなくて
逆に「ねぇ知ってる?」と君は問う

「持続化給付金の支給基準って
去年の同じ月と比べて判断することを。
つまり去年のデータがなければ
今年の数字が多いか少ないか判断しようがないってことよね。
PCR検査の陽性数って
何と比較して増えた減ったって言えると思う?
毎年やってて今年が多いのならば
新しい流行り病いのせいだとも言える。
でも今年からやってる数字の
上がり下がりを知ることは
主観の投影のみを表すんじゃない?
もし去年もやってたら
他のウイルスで同じだけの陽性数が
出てたかもしれないじゃない。」

僕はそれを聴きながら
詩人という自営業で身を立ててきた
これまでの自分から生まれた詩の数を振り返った
「今年のこれまでの詩の産出は
はたして減っただろうか?」

君がこれまで捨てたマスクを救い出し
一冊に閉じて詩集にした
青い医療用サージカルマスクの表紙
開くと何編もの詩の数々
ポケットにその詩集を入れ僕は外に出た

僕と世界との境界に君のマスク詩集を開こう
そうしてくしゃみが出そうなときは
詩集の宇宙にはきだそう

「あぁ、今年の方が昨年よりも
手に入れる詩の数は増えそうだ。
すくなくとも世界には
詩が流行りだしそうだな。」

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