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〖プロローグ〗

漆黒の闇の中を、いくつもの明かりが一列に並んで進んでいる。
徐々に近づいていくと、それは窓枠から放たれた明かりであることが分かる。
一列に並んだ窓明かりにさらに近づくと、黒い長方形の箱にその明かりが並んでいるのが視界に入ってくる。あっ電車か!とそこで気づく。

漆黒の闇の空間を電車は高速で走っていく。
こちらもそれに追いつくようにと思うとすぐに追走した。

車窓の中に座っている、包帯で全身グルグル巻きの人物がこちらをのぞき見ながら、向かいに座っている少年に話しているのがこちらに聞こえてくる。
「ごらんなさい、窓の外を。光の玉がついてきているじゃろう。ああして見送りに来てくれているんじゃよ」
少年は窓ガラスに手をくっつけて、こちらを一生懸命見つめている。

車窓にさらに近づき、ガラス越しに少年に触れようとする。
向かいの人物は包帯をはがし始め、中から光がこぼれ出てくる。
その光はとてもまばゆく、ガラスが真っ白に霞む。
「もう少しガラスの表面が曇っていれば、こんなに強く共鳴しないのだが…」
と言いながら、その人物はほとんど包帯を剥がし終わり、車内はまばゆい光で覆い尽くされてしまった。

今朝、中学の同級生が出てくる夢を見た。現在地元で飲食店をしている彼が、夢の中では老人ホームに勤めていた。
鈴木、これが彼の名前だった。鈴木は17年ほど勤めてきたこのホームをやめることに決めたと、夢の中で僕に語っていた。
目覚めてからしばらくの間、なぜ辞めるのだろうと考え続けた。

その夜、机の引き出しを開けたときに未開封の封筒が目に留まった。

宛名の裏面には自分が出た中学校の名と共に『同窓会実行委員会』と書かれてあった。そうだ、すっかり忘れていたのを思い出した。日常の雑事のさなかに手にしたので、その時はゆっくり心を込めて開封して読みたいと思い、一度丁寧に引き出しの中に仕舞い込んでしまっていたのだ。

今度こそ忘れてしまわないうちにと開封した。
そこに申し込み期限は書かれておらず、日時と場所のみが記されていた。その日はもうまもなくだった。

鈴木に会いたい、ただその一心で当日が来るのを待った。

夢の彼に聞きたい問いを心にたずさえて実際に会えば、きっと何かが分かる、そんな確信だけを胸に、当日を迎えた。

「申し込みをしていないのですが大丈夫ですか…?」
僕はおそるおそる招待状を受け付けに出した。
受け取った女性は招待状を一通り確認してから
「はい、大丈夫ですよ。こちらの招待状はまだ有効ですから」
と微笑みを浮かべて言った。

真実がどれほど深い孤独を人にもたらすものか、僕はその時まで全く想像すらできなかったんだよ、というセリフがここ最近の僕の頭の中に何度も浮かんでは消えていった。

僕はその度に自問した。はたしてこれまでの人生の中で自分はそんなことを思ったことがあっただろうかと。あるいは誰かにそんなセリフを言われたことがあっただろうかと。しかしどちらも心当たりの記憶は全くなかった。だとすると、これからの未来のいつかでこのセリフを言ったり聞いたりするのだろうか。そして予知夢というのが現象としてあるように、予知意識とでもいうものなのだろうか。

僕は時々、そうしたどこにも辿りつく出処のないセリフというものを頭の中で拾った。そういうことは誰にでも実はあるものなのかもしれないが、特に僕は頭の中を散歩することが多いので見つけやすいのかもしれない。

その拾った言葉を交番に届けるわけにもいかないので、自分の中に棚をこしらえ、日付を貼って収めた。いつか持ち主が現れるかもしれないし、あるいは遠い昔、自分で落としたまますっかり失念してしまっていたのを思い出し、しかるべき記憶の連なりの中に納まるかもしれないその日のために。

「良くも悪くも覚えやすい名前ね」
「ありがとう…いや、ほめてるんじゃないかな」
先日知り合ったばかりの彼女からの言葉を、僕は好意的に受けとって、そう答えた。

その彼女とは先日の同窓会で出会った。
同学年の人たちが集まったその同窓会において、僕の隣のクラスに学年末に転校してきた彼女は、あまり多くの校友を持ってはいなかった。僕もあいにく鈴木に会えなかったのが思いのほか大きく、お互いにやや居心地の悪い者同士が、お互いの中に居場所を見つけて話を交わした。

話の流れは忘れてしまったが、ある時点でレンブラントの話題になり、今度展覧会が始まるからということで一緒に行く約束を交わして別れた。

彼女との美術館デートののち、お茶をしながら僕の名前の話となった。

「うちの家系はみんなありきたりな、反面、憶えやすい名前がついていてね。かつ、名前の一部を継がせるものだから、代々似たような名前でさ。何代かに一回は同名の先祖もいる。実際僕もひいひいお祖父さんと同名なんだ。名前が個性的だと不思議と性格まで個性的になる気がするんだけど、うちみたいだとさ、一般名詞みたいなもので、どこにでもいる人間の一人って気になっちゃうんだよね。先祖だって似ているとなると、僕も父も祖父もその前も、みーんな全部一人の人間の各側面なんじゃないかって思うこともあるくらいなんだ」

「そんな感じ方をするあなたの方が、めずらしい名前を付けられたことで個性的な扱いを受けている人よりも、よっぽど個性的だと私は思うわ」

「ねぇ、私の後ろに何か見える?」
「あっいや、ごめん。ちょっと考えごとしていただけなんだ。つい癖で…」
そう言いながら僕は頭を掻いた。

何もない空間に焦点を合わせてものを考える。それが僕の思考の仕方だった。
あるいは「思考の始め方」といった方がより正確かもしれない。

画家が真っ白のカンバスに色や形を見つけて筆を乗せていき、徐々に現れてきた色かたちがその後の視点の置き処となってそこから像を展開していくときのように、僕は思考のとっかかりの時には、何もない空間に、筆の代わりに目を乗せた。

その独特なしぐさを会話の途中にされた者からすれば、まるで自分の頭の上や背中の方に何か霊でもいるのかしらと思いたくもなる。

「ほんとあなたって面白い人よね」
「それは、褒めてるって理解してもいいのかな?」
いたずらを企んでいるような、おどけているような笑みを浮かべてそう応えた。

そんな癖があったからか、僕は自然と絵が好きで、ある時から一人の先生について絵画を学び始めていた。

「これ以上の構図はありえんなぁ。そう思わんかね」

師は牛乳瓶の底のように分厚いメガネの奥に、黒々とした瞳を大きくしたり細めたりしながら、高さ3メートルはあるかと思われるカンバスを仰ぎ見てそういった。横は高さの倍の幅があり、よほど画面から離れなくては一度に視界に絵が納まりきらなかった。

師はメガネを時々はずしては裸眼でカンバスを見た。いや、見たというよりも、横でその姿を見ていると〝浴びた〟と表現した方がピッタリな仕草だった。

よく見ると確かに、実際に裸眼では見ていないようだった。目玉の動く様子はなく、顔全体を絵のあちらこちらに向けるといった風で、傍目で見ている僕もその風景に見入ってしまう、あるいは見とれてしまうくらいのユーモアがあった。

師の長く伸びたあご髭が、頭の動きと共にゆれた。
その髭の先に墨汁を付け、大きな白い台紙を先が触れるくらいの高さに設置したら、前衛的な身体芸術が生まれるのではないだろうか。

不肖の生徒である僕は、師の言葉をよそに、そんな彼のすがたや振る舞いに見とれていた。

(第1話/全10話)

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